三春城下に生まれた鬼子
どんな伝承か
文政年間のことである。奥州三春城下の小寺正左衛門は下役ながら城勤めぶりが誠実だと評判で、三春小町と評判の高い三定屋の娘いとが小寺家に嫁いだ。持参金の高と長持の棹の数も城下の人びとの口をにぎわした。やがていとが身ごもったが、十月十日が過ぎても産まれず、実家の人びとも正左衛門も産婆も案じた。ある晩、いとが陣痛を訴え、正左衛門が産婆を呼びに走ろうとすると、事もなく赤児が産まれた。赤児は父の正左衛門に飛びかかって食べはじめ、それから母のいとを犯した。いとはその晩のうちに赤児を背負って小寺家を立ち去り、そのあとの消息はわからないという。鬼子である。
原典より
一二二番 ノリコシノリコシは岩手和賀地方に出現するといわれている。—— 東北怪談の旅(山田野理夫・昭和49年(1974年)頃) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
東北怪談の旅(山田野理夫・昭和49年(1974年)頃)
東北怪談の旅(山田野理夫)/飢饉の非業の死と怨念/巫女(イタコ)の口寄せ/座敷童子・河童の怪/東北各地の幽霊伝承