生首を提げた鎧の骸骨
どんな伝承か
文治元年、奥州平泉に逃れた源義経は藤原泰衡の裏切りにより高館で討死し、弁慶も中尊寺山門前で矢を受けて死んだ。傷を負って逃れた一人の落武者は主人の死も知らず、道に不案内なまま川の音を頼りに歩き、崖下の横穴に横たわって眠った。それを見た村人は落武者の取締りが厳しいのを恐れ、岩と杭で穴をふさぎ、誰も近づくことを禁じた。穴の中から開けてくれと叫ぶ声を聞いたという噂も、やがて声が絶えて消えた。歳月ののち、名主が首をへし折るように抜かれて死に、村人が続々と首を抜かれて死んでいった。ある晩、鎧を着けた骸骨が腰に生首を七つさげて歩くのが見られ、翌朝、横穴の岩は取り除かれ中には誰もいなかったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
東北怪談の旅(山田野理夫・1974年(昭和49年))
『東北怪談の旅』は、山田野理夫が昭和四十九年に編んだ東北地方の怪談集である。青森・秋田・岩手・宮城・山形・福島の六県に伝わる妖怪や幽霊の話、飢饉と間引にまつわる話、江戸時代の奇談などを、一番から一六三番までの短い話として収める。各話の末尾に県名を記し、恐山や飢饉の記録にふれて東北の怪談と怨念を結びつけるまえがきと、怪談観や霊能者をめぐる回想を記したあとがきを付す。