生首を提げた鎧の骸骨
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どんな伝承か
文治元年、奥州平泉に逃れた源義経は藤原泰衡の裏切りにより高館で討死し、弁慶も中尊寺山門前で矢を受けて死んだ。傷を負って逃れた一人の落武者は主人の死も知らず、道に不案内なまま川の音を頼りに歩き、崖下の横穴に横たわって眠った。それを見た村人は落武者の取締りが厳しいのを恐れ、岩と杭で穴をふさぎ、誰も近づくことを禁じた。穴の中から開けてくれと叫ぶ声を聞いたという噂も、やがて声が絶えて消えた。歳月ののち、名主が首をへし折るように抜かれて死に、村人が続々と首を抜かれて死んでいった。ある晩、鎧を着けた骸骨が腰に生首を七つさげて歩くのが見られ、翌朝、横穴の岩は取り除かれ中には誰もいなかったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
東北怪談の旅(山田野理夫・昭和49年(1974年)頃)
東北怪談の旅(山田野理夫)/飢饉の非業の死と怨念/巫女(イタコ)の口寄せ/座敷童子・河童の怪/東北各地の幽霊伝承
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平泉町の伝承
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