トウモロコシを作らない矢作家の先祖
どんな伝承か
トウモロコシを作らない家は安行地区だけではなく、東領家の矢作家もそうで、近年までは食べることさえしなかったという。この家の先祖は千葉の佐倉から来た武士とされる。負け戦で仲間を引き連れて逃れてきたとき、トウモロコシ畑でその毛に絡まって手間取っているうちに大勢が撃たれたからとも、畑の切り株でひどい傷を負ったからともいう。また、平岡家の言い伝えと同じく、トウモロコシ畑に身を隠して命拾いをしたからだとも語られている。
原典より
安行地区ではトウモロコシやキュウリを作らないという家がある。—— 川口市史 民俗編――伝説(川口市(編)・川口市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
川口市史 民俗編――伝説(川口市(編)・川口市史)
『川口市史 民俗編――伝説』は、川口市が編んだ市史民俗編のうち、第四章「伝説」を収めたものである。六兵塚や首塚などの塚、山・池沼・樹木にまつわる話、八百比丘尼の椿、神社・地蔵・観音・薬師の霊験、地名の由来、正月の餅を搗かない家例や蛇まつり、川口の鋳物の始まりなどを、地内の地名や家名とともに記す。自然伝説、信仰伝説、歴史伝説の三節に分け、節の中を塚・山・池沼などの項に立てる。