天王様の紋を恐れてキュウリを作らぬ村
どんな伝承か
かつて大字荒井では、村じゅうどこでもキュウリを作らなかった。荒井の鎮守である須賀神社の氏子は、定書にもあるとおりキュウリを作ってはならず、もらって食べるにも天王様の祭りが過ぎてからでなければいけなかった。食べるときも、輪切りにすると切り口が天王様の御紋に似てばちが当たるので、縦に割ってから横に切ったという。戦争中から作る家が出はじめ、今では作らない家は百軒に一軒ほどだという。以前は親類がたくさん届けてくれ、食べきれずに豚にやったこともあった。北中丸や常光別所にも作らない家があった。
原典より
切り口が天王様の御紋に似ておりばちがあたる。—— 北本市史 第6巻(民俗編)――伝説(北本市(編)・北本市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
北本市史 第6巻(民俗編)――伝説(北本市(編)・北本市史)
『北本市史 第6巻(民俗編)――伝説』は、北本市の市史民俗編のうち、第十一章「伝説・世間話・昔話・諺」の冒頭部分である。章の「はじめに」で四者の性格を説いたのち、第一節「伝説」に蒲桜・龍灯杉・一夜堤や多くの塚の伝承、送りオオカミ・河童・禁忌動物、おたきあげ・十日夜の由来など四十二項目を収める。多くの項目は見出しに石戸宿・高尾などの伝承地を添え、話者名や「埼玉県伝説集成」などの出典を▽で示す。(197字)