行基を導いた龍燈の池
どんな伝承か
慈林寺の脇参道の坂を下りた安行慈林の池を龍燈の池という。聖武天皇の后の光明皇后が目を病んだとき、天皇の夢に高僧が立ち、武蔵国足立郡の霊地に薬師如来を祀れば治ると告げた。遣わされた行基がこの池のほとりに来ると、辺りが昼のように輝き、燈明を頭に掲げた龍が降りてきたので、ここが霊地だと悟って寺と仏像を造り始めた。夜に像を彫る間も龍の燈が手元を照らしたという。池には龍が棲むとも琵琶湖に通じるともいわれ、目の神の池として親しまれた。どんな日照りでも涸れないため雨乞いの池ともされ、水を汲み出すと三日のうちに雨が降るといって、十五、六年前まで雨乞いが続いた。
原典より
土地の人々が、「薬師さま」と呼ぶ慈林寺の脇参道の坂を下ったところにある。—— 川口市史 民俗編――伝説(川口市(編)・川口市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
川口市史 民俗編――伝説(川口市(編)・川口市史)
『川口市史 民俗編――伝説』は、川口市が編んだ市史民俗編のうち、第四章「伝説」を収めたものである。六兵塚や首塚などの塚、山・池沼・樹木にまつわる話、八百比丘尼の椿、神社・地蔵・観音・薬師の霊験、地名の由来、正月の餅を搗かない家例や蛇まつり、川口の鋳物の始まりなどを、地内の地名や家名とともに記す。自然伝説、信仰伝説、歴史伝説の三節に分け、節の中を塚・山・池沼などの項に立てる。