稚児の死を悼んで身を沈めた姥が池
どんな伝承か
西新井宿にかつてあった池で、姥ヶ池と呼ばれた。『新編武蔵風土記稿』は、日光御成街道わきの駒が塚のほとりにこの池があったとし、その塚にゆかりの稚児の死を悼んだ者が、身を沈めた池だと記す。風土記稿の書かれたころにはすでに埋まり、わずかに池の形が残るだけだったという。駒が塚は、ある子がこの地で馬から落ちて亡くなり、その馬をつないだ場所に築いたと伝える塚で、池の伝えはこの稚児の話と結びついている。
原典より
『新記』(一四一)に「此ほとり(前掲「駒が塚」)に、姥ヶ池と称するあり、児にゆかりありしもの其死を哀みて身を没せし池なりと云。—— 川口市史 民俗編――伝説(川口市(編)・川口市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
川口市史 民俗編――伝説(川口市(編)・川口市史)
『川口市史 民俗編――伝説』は、川口市が編んだ市史民俗編のうち、第四章「伝説」を収めたものである。六兵塚や首塚などの塚、山・池沼・樹木にまつわる話、八百比丘尼の椿、神社・地蔵・観音・薬師の霊験、地名の由来、正月の餅を搗かない家例や蛇まつり、川口の鋳物の始まりなどを、地内の地名や家名とともに記す。自然伝説、信仰伝説、歴史伝説の三節に分け、節の中を塚・山・池沼などの項に立てる。