稲に足を取られて討たれた大将の祟り
どんな伝承か
花常では津島祭りの日に、子供たちが「天下泰平・五穀豊穣・うんか送り」と書いた幟を持ち、大人たちは松明を掲げて田の道を練り歩いた。これには謂れがある。源平の戦いのころ、平家の大将がこのあたりを馬で逃げていく途中、馬の脚が田の稲に取られ、馬もろとも田の中に倒れてしまった。そこを源氏の兵に追いつかれ、首をはねられる羽目になったという。その大将の霊がのちのち稲に害を与えたので、里の者が相談してこの行事をはじめたのだと伝えられている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
大治町民俗誌 下――霊と神・怪異・俗信(大治町(編)・大治町民俗誌)
『大治町民俗誌 下――霊と神・怪異・俗信』は、名古屋に接する尾張の大治町の民俗誌の下巻から、信仰にかかわる節を収めたものである。辻の地蔵や秋葉・津島の小祠、荒神・井戸神などムラとイエの神、天王祭り・虫送り・雨乞いなどの祈願、キツネツキ・タヌキ・天狗の神隠し・火の玉・ナンドババアの怪異を、大字ごとの聞き書きで記す。第五節から第九節までで、予兆・禁忌・まじない・民間療法を挙げる俗信の節と、高度経済成長後の信仰の変化を述べる節で終わる。