豊凶を占う世はかり榎と世はかり石
どんな伝承か
末光村(現沼田東町)の世はかり榎は、高さ三間、枝の広がり二十間余り、形は傘のようだったという榎である。人々はこの木の新芽が萌え出るとき、その芽吹きの早さや量によって、その年一年の豊凶を占った。また美生村(現八幡町)には世はかり石と呼ばれる石があり、水が一升ほど入る穴があいて、常には八分ほど水が溜まっていた。人々はこの水の増減で豊凶を占い、水の量が増えればその年は豊作、減れば凶年になったという。いずれも「国郡志御用ニ付下しらへ書出帳」に記された俗信である。
原典より
人々は、この木の新芽の萌え出るとき、その芽吹きの早さや量をもって、一年間の豊凶を占った。—— 三原市史 第7巻 民俗編 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
三原市史 第7巻 民俗編
『三原市史 第7巻 民俗編』は、三原市の市史の民俗編のうち「三 伝説」の節だけを収めた部分で、番号を付けた十二の伝説から成る。糸崎八幡宮の神馬を祀った馬神塚、夜泣きの松、福島正則の命で伐られた大楠、山ん婆の足跡、蛇のヤムシロ、餅を搗かない家、干拓の人柱となった甚五郎など、市内各地の伝説を収める。各話の末尾に「書出帳」『三原志稿』『三原昔話』『沼田地方の伝説』や土地の伝承など、拠った資料を記す。