野馬追いの原に消えた滝夜叉姫
どんな伝承か
ひばりが原を中心に行われる相馬の野馬追いは、天慶年間に平将門が小金原へ関八州の兵を集め、野馬を駆けさせて訓練したことに始まると伝わる。元享年間、相馬重胤が相馬郡へ移ってきたときこの行事を移し、ひばりが原で行うようになった。古い書物によれば、将門の娘滝夜叉姫は奥州へ赴いて恵日寺に入り、寺のかたわらに庵を結んだ。やがて父の意思を継いで相馬の古御所にひそみ反旗を翻そうとしたが、大屋太郎光国に滅ぼされた。姫は最後に白馬にまたがり、相馬中村の牧馬の群れにまぎれて行方をくらました。今も放牧馬のなかに姫の駿馬の姿を見ることがあるという。
原典より
東京都番町皿屋敷 平将門の首塚逆さ銀杏になった親鸞の杖花嫁にたたる下男の亡霊子供を喰らう脱衣姿◆お岩の怨霊を鎮める祠堂 江戸の盗賊、不死身の甚内観音さまから生まれた浅草? の恩返しの伝説◆五百羅漢像を巡る史話 伝説が伝え…—— 心霊大全(中岡俊哉・1970年代~1980年代) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊大全(中岡俊哉・1970年代~1980年代)
奇怪なお菊人形(心霊大全)/心霊写真と自殺者の霊/北海道の怪奇現象/憑依と祟り/中岡俊哉の心霊蒐集