名馬太夫黒が食んだ真野池の片葉葦
どんな伝承か
源義経の乗馬となり、鵯越の逆落しでも働いた名馬を太夫黒という。この馬は上真野村上栃窪の久七という百姓の家に生まれた。久七の家には常によい馬が生まれたが、なかでも太夫黒は格別であった。ただこの馬は変わり者で、いつも馬小屋にはおらず、立石のあたりで山遊びをし、真野の池へ行っては葦の葉を食べ、夜になっても帰らなかった。足に水かきがあったともいう。よく育ったので久七は国主藤原秀衡に献上し、秀衡はさらに出陣の祝いとして義経に贈った。真野の池の葦は、この馬に片葉ばかり食われたため、後の世まで片葉しか出なくなったと伝えられる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第3巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第3巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全65話(山形・福島・新潟)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。