逃げ道があったのに自決した楠正成主従
どんな伝承か
湊川の戦いで楠正成とその主従がそろって自決したのは、逃げ道を幾重にも断たれた末のことではなかった。彼らが命を絶った場所は、合戦から数日たってたまたま見つかったという。正成はもともとこの出兵に反対で、勅命によってしかたなく戦場へ向かった。献策は朝廷の臣に退けられ、総大将の新田義貞とも作戦が食い違い、はじめから討ち死にの覚悟で望みの無い戦いに出たのである。ゲリラ戦に長けた一党なら、乱戦にまぎれて落ちのび再起を図ることもさほど難しくなかったはずだと著者はみる。極限の状態が長引くと集団の判断が鈍って悲観に傾き、たやすく自決へ走る例として挙げられている。
原典より
湊川の戦いにおける楠正成主従の集団自決も、決して退路を十重二十重に囲まれての自決ではない。—— 怪談の科学――幻覚の心理を探る(中村希明・中村希明・精神医学) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
怪談の科学――幻覚の心理を探る(中村希明・中村希明・精神医学)
『怪談の科学――幻覚の心理を探る』は、中村希明が精神医学の立場から著した怪談の解説書である。新聞記事の幽霊騒ぎや体験談、民話の化かされ話、「浅茅ヶ宿」やハムレット、『四谷怪談』などの古今東西の怪談を取り上げ、その多くを高速道路催眠現象、感覚遮断、飢えや寒冷、睡眠や薬物による幻覚として説明する。生理的幻覚から精神変調時の幻覚までを四章で分析し、第五章「怪談の論理」で恐怖と幻覚の仕組みと日本の幽霊の特色を論じる。