飢えが変えた赤岳石室の味覚
どんな伝承か
昭和二十四年十二月、芳野満彦は仲間のY氏と八ヶ岳の縦走に入り、悪天に阻まれて赤岳の石室へ引き返した。五日目にY氏は息を引き取る。翌朝から芳野には、死んだ相手が話しかけてくる幻覚が現れ、道端の銅像を人と見誤りながら吹雪の中をさまよった。石室に戻った彼は、生米を口にしても味がせず、ほぐした草履の藁こそ何よりの馳走に感じたと書き残している。精神科医の中村希明は、これを飢えが味覚を変える証拠とし、水が美酒に思えたという養老の滝の孝行譚も同じ仕組みで説明できるとみる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
怪談の科学――幻覚の心理を探る(中村希明・中村希明・精神医学)
『怪談の科学――幻覚の心理を探る』は、中村希明が精神医学の立場から著した怪談の解説書である。新聞記事の幽霊騒ぎや体験談、民話の化かされ話、「浅茅ヶ宿」やハムレット、『四谷怪談』などの古今東西の怪談を取り上げ、その多くを高速道路催眠現象、感覚遮断、飢えや寒冷、睡眠や薬物による幻覚として説明する。生理的幻覚から精神変調時の幻覚までを四章で分析し、第五章「怪談の論理」で恐怖と幻覚の仕組みと日本の幽霊の特色を論じる。