津波の水中で押し上げた無数の手
どんな伝承か
岩手県三陸のほぼ真ん中の街の消防団で聞いた話。救助にあたっていた繁さんは、海辺を三人一組で移動中、堤防を乗り越えた黒い波に飲み込まれた。水中では身体をひたすら丸めていたが、どんなにもがいても何もできず、このまま死ぬのかと思ったとき、何本かの手が水の中から出てきて彼を水面へ押し上げた。目を開けると手が何本も見え、子供の笑い声が聞こえ、屋根の上に押し上げられたときには「これで助かったね」という声がしたという。繁さんは海岸から遠く入った内陸の屋根の上で気を失っているところを救助されたが、背中には無数の掌の跡があった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
震災後の不思議な話-三陸の怪談(宇田川敬介)
『震災後の不思議な話-三陸の怪談』は、宇田川敬介が著した東日本大震災の被災地の怪異談集である。復興の手伝いで通った三陸の人々から聞いた虫の知らせや生死を分けた出来事、津波の犠牲者の霊、タクシーの幽霊などの話を、津波の言い伝えや『遠野物語』、オシラサマ伝説とあわせて記す。全体を「迫りくる危機と虫の知らせ」から「見守っています」までの四幕に分け、「おわりに」で取材の動機と、話者の名や地域を伏せた方針を述べる。