雪の竜門の里へ逃れた常盤御前
どんな伝承か
平治の乱に敗れた源義朝が尾張で殺されると、その妻常盤御前は、我が身と子らに累が及ぶのを恐れた。供も連れずただ一人、二歳の牛若を懐に抱き、八歳の今若を先に歩かせ、六歳の乙若の手を引いて、叔父を頼って奈良の田舎の竜門の里へ落ちのびたという。雪道を笠をかぶった常盤が行く姿は歴史画の題材としてよく知られる。常盤はしばらくこの里に隠れていたが、母が平家の侍に脅されていると聞き、自首を決意して六波羅へ出たと伝えられる。
原典より
このシーンは歴史画などによくとりあげられ、雪の道を笠をかぶった常盤が落ちて行く図柄で有名だが、とに角この竜門の里にしばらくは秘んでいたのである。—— 神奈川の史実と伝説(小森良章・1975年(昭和50年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の史実と伝説(小森良章・1975年(昭和50年))
『神奈川の史実と伝説』は、新聞記者から県政の仕事に転じた小森良章が昭和五十年に著した郷土史の読み物である。倭建命の東征から鎌倉幕府の滅亡までを範囲に、神奈川県内に残る伝説を十一の篇にまとめ、走水の弟橘姫や足柄山の金太郎などを取り上げる。各篇は伝承地を副題に掲げ、伝説とその背景にある史実を結びつけて語り、古事記や吾妻鏡などの記録を引きながら著者の推測も交えている。