鉄砲疵の狐を診た松山の名医
どんな伝承か
大正の初めごろ、松山の田町に評判の医者がいた。ある夜、急病人が出たと迎えが来たので出向いて診ると、傷は鉄砲によるもので、脈をとれば人のものではない。狐のたぐいと察しながらも、医者は素知らぬ顔で丁寧に手当てをした。食事どきだからと立派な膳を出され、礼金まで受け取って帰った。翌朝、金が木の葉に変わっていないかと確かめたが、まぎれもない本物であった。同じ夜、町の家で婚礼の振る舞いがあり、膳が一人分どうしても足りなかったといい、それが医者の馳走された料理と寸分違わなかったと分かった。のちに老人が訪れ、自分は鈴根五郎という狐で治してもらったのは長女だと告げ、無理に礼金を置いて去ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
宮城県史 民俗編(茂木徳郎(「妖怪 幽霊」の章)・宮城県史シリーズ)
『宮城県史 民俗編』は宮城県の県史の民俗編で、ここに収めるのは茂木徳郎が執筆した章「妖怪 幽霊」である。山・道・木・水・海・雪・家など出現の場所による分類に沿って妖怪変化を論じ、幽霊とヒトダマ・死霊・生霊の観念を考えたうえで、県内の妖怪・幽霊・動物変化の伝承を郡・町村名を添えて集める。序説・本論・事例篇・参考の順に並び、序説では昭和二十四年の迷信調査と昭和三十年のNHK仙台中央放送局の調査にも触れる。