雨戸越しに刺された首なき怪盗
どんな伝承か
明治元年正月、松がとれて幾日もたたない夜、板橋在の某という豪農の家へ一人の怪盗が忍び寄った。賊は抜刀して主人のいるとおぼしい奥座敷の雨戸へ身を寄せたが、気丈な主人は庭の気配を早くも察し、枕許の脇差を取って行灯を吹き消し、足音を忍ばせて雨戸に近づいた。そして耳を戸に当てて様子をうかがい、ここぞと思う箇所を狙って雨戸越しに刀を突き刺すと手応えがあり、かすかな悲鳴とともによろめき走り去る気配がした。翌朝、縁の下から滴る血をたどると、邸から二十町も離れた桑畑に立派な武士姿の者が斃れていたが、その首はなかった。当時江戸近在を荒らしていた某浪士党の主領株らしいという。
原典より
翌朝、下男や小作の者に命じて、縁下からしたたっている血潮をめあてに、探りあてて行くと、邸から二十町も離れた桑畑のなかに、立派な武士姿の者が斃れていた。—— 日本怪奇集成-明治大正昭和篇(富岡直方 編著) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪奇集成-明治大正昭和篇(富岡直方 編著)
『日本怪奇集成-明治大正昭和篇』は、富岡直方が編んだ怪奇実話集である。明治元年から昭和七年までに各地で起きた幽霊や狐狸の怪、畸形や奇病、天変や奇瑞、世相の珍事を、当時の新聞・雑誌の記事と筆者自身の聞き書きから集めている。明治・大正・昭和の三篇に分け、話ごとに年月を掲げて通し番号を振り、新聞記事を引いたうえで紙名を末尾に添える形を基本とする。