餅の的と扇の水退け・田野長者の没落
どんな伝承か
田野長者については、話が二様に伝えられている。一つは、豊後玖珠郡の田野に広い田地を開いて裕福に暮らしていた長者が、ある年の正月に餅を的として弓を射たところ、その餅が白鳥となって飛び去り、それから没落したというもの。もう一つは、ある年の田植の頃、おびただしい洪水が長者の田一面を浸したので、長者は、これほどの水が何ほどのことか、と伝家の秘宝である扇を取り出し、二、三度払い招くと水はみるみる減じたが、その後ついに水が漏れて田は荒野となり、長者もやがて悲しい幻滅の運命に巡り会ったという。『豊後国風土記』も、百姓が餅を的としたところ餅が白鳥と化して飛び去り、その年のうちに百姓は死に絶えたと記す。
原典より
それは豊後玖珠郡の田野に廣い田地を開いて裕福な生活をつけて居たのがたまたま或年の正月に餅を以て的こなし弓を射たこころその餅が白鳥こなつて飛び去ってから長者が没落したこいふのが一つである。—— 炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年))
『炉辺叢書 筑紫野民譚集』は、及川儀右衛門が筑紫野で暮らした二年ほどの間に、土地の故老や下宿の老婆から聞いた話、教え子が書き送ってきた物語を文献とも照らしてまとめた民譚集である。筑後を中心に筑前・肥前・肥後・豊前・豊後の河童、怪火、長者の話、神事と歌舞、山と水の伝奇、狐狸や幽霊の怪異を六篇に分けて収め、多くの話に古記録を引いた〔註〕を添える。序の日付は大正十二年六月である。