応順寺の扁額と八つ房の梅
どんな伝承か
羽中の応順寺は浄土真宗の寺で、山号を羽龍山という。羽立山と書かれたこともあるらしく、本堂正面の扁額には龍でなく立の字が使われている。この扁額の字は布川の書家杉野東山の筆で、寄進したのは我孫子市新木の田口久太夫である。久太夫の家はキュウダイさんと呼ばれ、江戸時代には名主を務め、東山とは親戚だったともいうが確かではない。寺は天正十六年の開基で、寺宝に親鸞の一生を描いた絵伝がある。庭の八つ房の梅は花が房になって群がり咲くことで知られ、水戸家から拝領したとも、水戸の家臣が食べた梅の実が落ちて生えたともいわれる。
原典より
この梅は、花が房状に群がり咲くことでしられ、水戸家からの拝領品だとも、水戸の家臣のだれとかいう人が食べていた梅の実が落ちて生えたのだともいわれている。—— 利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説(利根町(編)・利根町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説(利根町(編)・利根町史)
『利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説』は、利根町が編んだ町史の一巻で、第一章を「民話と伝説」にあてる。町内を歩いて聞き集めた話と『北相馬郡志』などから引いた話を収め、大平権現や布川の地蔵の由来、バッソンの笑い話、大蛇・河童・むじなやキツネに化かされた話、押付新田の鶴殺し事件などを載せる。伝説と昔話に分けず文・布川・文間・東文間の地区ごとに節を立て、各話の題に伝承地を添え、話者名や方言の語釈を注記する。