寺の中で栄えた製薬の店
どんな伝承か
芝公園の大門の脇に『わかもと』の本舗があり、その事務所は寺院の一部を借りたものだった。観相家の松井桂陰が訪ねて、なぜこんな場所に事務所を置くのかと尋ねると、面白い話があると聞かされた。主人の長尾欽弥がここで製薬を始めたころは貧乏のどん底だったが、たちまち事業が伸びた。手狭なうえ寺の中にいるのも気が進まないので移ろうとしたところ、住職が因縁を語って引き留めた。ここへ入って失敗した者はいない、伊東胡蝶園も財を成し、次に入ったのは不動銀行の牧野元次郎だという。それで移らずにいるのだと語られた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年))
『日本怪談実話』は、田中貢太郎が昭和十三年に著した実話怪談集を河出文庫に収めたものである。明治以降に著者が聞き集めた怪異を報告調の短文で綴り、戦地の霊験や戦死者の知らせ、狐狸・天狗・海坊主、トンネルや自動車に現れる女、幽霊写真、狐狗狸などを扱う。元本は改造社刊の『新怪談集(実話篇)』で、冕言に始まって二百を超える小話を並べ、巻末に川奈まり子の解説を付す。