代金を取りに来なかった高輪の魚屋
どんな伝承か
小山内薫が高輪の広い借家に移って間もないころ、見知らぬ魚屋がハシラ(タイラ貝の貝柱)を持ってきた。大阪から来たばかりの姉の家族が東京のハシラを食べたいと言ったので買い求めたが、代金はあとでよいと言って帰った。高輪あたりを歩く魚屋とは思えない、いなせで好い男だった。その晩十二時ごろから大人たちが順々に苦しみ出し、枕元に金盥を置いて吐いた。医者は流行性の腸カタルだと言い、夜が明けるとみな癒った。不思議なのはその魚屋で、それきり一度も顔を見せず代金も取りに来なかった。これが怪異の始まりだった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
あの世はあった―文豪たちは見た、ふるえた(三浦正雄・矢原秀人・2006年(平成18年))
『あの世はあった――文豪たちは見た!ふるえた!』は、三浦正雄と矢原秀人が二〇〇六年に著した、近代日本の作家や知識人の霊体験を紹介する読み物である。熱海の旅館で遠藤周作と三浦朱門が同時に遭った幽霊、佐藤愛子の心霊現象、菊池寛・宮沢賢治・小泉八雲・土井晩翠・新渡戸稲造・南方熊楠らの体験、夏目漱石の臨死体験を、本人や周囲の文章を引いて語る。一人一章の全十二章にまえがき・あとがきを添え、巻末に霊媒クランドン夫人の実験記録を付録として収める。