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かんざし道と呼ばれた土井大炊堤

所在地茨城県北相馬郡利根町大字羽中(土井大炊堤)
年代慶長一五〜寛永一〇年(一六一〇〜一六三三)
登場土井大炊頭
出典利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説

どんな伝承か

羽中の応順寺の前から布川へ延びる道を土井大炊堤という。佐倉藩主の土井大炊頭が築いたのでこの名がある。土井氏が小見川から佐倉に入ったのは慶長十五年、古河へ移ったのが寛永十年なので、堤はその二十四年ほどの間のいつかに築かれたと考えられる。堤の羽中寄りには道勾沼・摺鉢沼・庚申沼の三つの沼が飾りのように並んでおり、それでこの土手をかんざし道と呼ぶという説がある。一方、正しい小字名は神出で、利根川へ荷を出す出し場があったことに由来するとも考えられるが、証拠の古文書は残っておらず、どちらの説も捨てられていない。

原典より

それで、この土手を「かんざし道」というのだという説がある。—— 利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説(利根町(編)・利根町史) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説(利根町(編)・利根町史)

『利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説』は、利根町が編んだ町史の一巻で、第一章を「民話と伝説」にあてる。町内を歩いて聞き集めた話と『北相馬郡志』などから引いた話を収め、大平権現や布川の地蔵の由来、バッソンの笑い話、大蛇・河童・むじなやキツネに化かされた話、押付新田の鶴殺し事件などを載せる。伝説と昔話に分けず文・布川・文間・東文間の地区ごとに節を立て、各話の題に伝承地を添え、話者名や方言の語釈を注記する。

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