長野から来たと伝える海野姓の氏神祭り
どんな伝承か
西中根では海野・安・川又の三つの姓が、それぞれ氏神の祭りを営んでいる。川又姓は川又三雄家の屋敷内にあるウジ神に参ってから、くじで決めた一年交代の宿に集まって飲み食いをし、祭日は十一月十五日である。諏訪神社と熊野神社をともに氏神として祀る海野姓は、長野県のほうから移ってきたという言い伝えを持つ。こちらの祭りも十一月十五日で、米一斗分の甘酒やおこわを用意し、子どもたちも一戸に一人ずつ集まった。宿は回り番で、費用は一族の田畑を入札で海野姓の者に小作させ、その小作料でまかなったが、農地解放のあとは金を出し合っている。祭りでは当番の箱を翌年の当番に引き継ぎ、盃を交わす。
原典より
これに対して、諏訪神社と熊野神社の両方を氏神として祀る海野姓は、長野県の方から移ってきたという伝承を持っている。—— 勝田市史 民俗編――小祠の信仰と流行神(勝田市(編)・勝田市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
勝田市史 民俗編――小祠の信仰と流行神(勝田市(編)・勝田市史)
『勝田市史 民俗編――小祠の信仰と流行神』は、勝田市の市史の民俗編のうち、「信仰生活」の部の一部である。鎮守祭礼の移り変わりに続いて、屋敷神や同姓の家々で祀るウジガミと系図祭り、カマド神やエビス・大黒などの屋内の神々、病気や安産の祈願を集める小祠を、市域のムラでの調査と聞き取りによって記す。後半では流行神として上高場の六地蔵、腹切り佐七、塚信仰、東石川大島の無縁様を取り上げ、その由来と信仰の広がりをたどる。