つつじ神様(無縁様)の由来
どんな伝承か
東石川大島の無縁様の起こりは二通りに伝わる。かつて土地を持っていた名主の勝村家の言い伝えでは、家のおばあさんが食事をしていたとき、通りかかった巡礼の六部が雷に打たれて倒れ、それを無縁仏として祀ったという。雷で死んだのでナルガミ様とも呼び、六部が茶を飲み髪をとかしていたことから、雷の鳴るときは茶を飲むな、髪をとかすなと戒める。もう一つは、堀口の光明寺の住職石沢興栄が大正十四年ごろに作った無縁供養和讃で、寛永十五年三月二十八日、成田詣りの帰りに大島へ差しかかった奥州仙台の熊吉が、急な黒雲のもとで命を落とし、手厚く葬られた墓に供えたつつじが根づいて大株に茂ったとうたう。
原典より
名主であった勝村家でオバアサンが食事していたところ、巡礼の六部(六十六部)が通りかかって、雷にあって倒れた。—— 勝田市史 民俗編――小祠の信仰と流行神(勝田市(編)・勝田市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
勝田市史 民俗編――小祠の信仰と流行神(勝田市(編)・勝田市史)
『勝田市史 民俗編――小祠の信仰と流行神』は、勝田市の市史の民俗編のうち、「信仰生活」の部の一部である。鎮守祭礼の移り変わりに続いて、屋敷神や同姓の家々で祀るウジガミと系図祭り、カマド神やエビス・大黒などの屋内の神々、病気や安産の祈願を集める小祠を、市域のムラでの調査と聞き取りによって記す。後半では流行神として上高場の六地蔵、腹切り佐七、塚信仰、東石川大島の無縁様を取り上げ、その由来と信仰の広がりをたどる。