六部を斬った豪族の絶えた屋敷
どんな伝承か
南宮の裏日向前へ通じる路傍に、上人塚と呼ばれる古碑が立っている。高さ四尺、幅一尺五、六寸ほどで、正面には不動尊像が刻まれ、右には天和癸亥年善海上人と判読される。昔この地方に勢力をふるう豪族がおり、ある日、部下が他国の間諜に違いないとして一人の六部を捕えてきた。主人は十分に問い糺しもせず、態度が不遜だといって斬り捨て、死骸を広い屋敷の一隅に埋めさせた。その後、豪族の家は黒い雲に覆われたように災害と不幸が続いて一族が死に絶え、土地の持ち主が何代替わっても不慮の災厄で死滅した。今も前の田を上人田と呼び、年寄りは近づかないようにしているという。
原典より
南宮裏日向前に通ずる路傍に「上人塚」と呼ばれる古碑が立っている。—— 宮城県史 民俗編(宮城県史シリーズ・昭和中期(推定1960-1970年代)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
宮城県史 民俗編(宮城県史シリーズ・昭和中期(推定1960-1970年代))
宮城の民間信仰と禁忌(宮城県史民俗編)/禁忌を破る祟りと火玉/河童・狐狸の怪/年中行事と俗信/地域の幽霊・妖怪伝承