暮れに餅をつかない榎田の部落
どんな伝承か
那賀郡相生町榎田の十一戸は、そろって年の暮れに正月のモチをつかず、一月の七、八日ごろになって初めて杵の音を響かせる。土地の老人によれば、この習わしは百五十年ばかり続いており、年末にモチをつこうとセイロウをかまえると、その前にヨロイ武者が出るとか、血まみれになった六部の姿が現れるとかいうが、誰も暮れにつかないので見た者はいないという。別の老人は、元日に煮しめなどを作って祝うのは他と変わらず、モチだけは年が明けてからつく旧慣を守っているにすぎないと語った。個人の家の餅にまつわる怪談は県下各地にあるが、一部落そろって年末につかぬ例は珍しい。
原典より
那賀郡相生町榎田の部落十一戸は、そろって年の暮には、正月のモチをつかないで、一月の七、八日ごろになって、ペッタンコ、ペッタンコとキネの音をひびかせる。—— 阿波の怪談(横山春陽・郷土怪談・民俗・1958年(昭和33年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波の怪談(横山春陽・郷土怪談・民俗・1958年(昭和33年))
『阿波の怪談』は、横山春陽が昭和三十三年に編み、徳島新聞出版部から発行した郷土の怪談集である。徳島県の各地と土佐との国境の山中に伝わる山女郎、淵や池の主、カッパ、亡霊、火の玉、タヌキやキツネ、大ジャの話を、平安朝の言い伝えから藩政期、明治・大正、昭和の出来事まで、編者が古老に聞き、書物から拾って題ごとに並べる。おわりにでカッパやヘビの話の多い地域や海の話の少なさについて記す。