箸蔵山の木を怒る山神の投石
どんな伝承か
讃岐の金毘羅宮では十月の祭礼で供の者に膳が出され、食べ終えた箸はそのまま置いて山を下りる。十月十一日の夕方からは山門が閉ざされて登れなくなり、その夜のうちに残された箸を山神がすべて箸蔵山の岩屋へ運ぶといわれ、厄よけにと持ち帰ったり石垣の間に隠したりしても、後には一本残らず消えているという。その箸蔵山の山神は山の木が伐られるのをひどく嫌い、寺の木を買った者ばかりか、その木を転売した先々にまで罰が当たると恐れられた。洪水で流れ着いた箸蔵山のコリ木を拾った麻植郡の家は、濡れた木から火が出て丸焼けになったという。寛政のころ、芝生村の酒屋に箸蔵山の杉丸太が立てかけられた夜、庭で踊る若者たちに小石が降り、丸太の下の大石が丸太を上り下りし、ついには大石が屋根を打ち抜いた。丸太を川へ流すと怪異はやんだという。
原典より
そのうち立てかけてあったスギ丸太の下にあった一かかえほどの石が、ひとりでにその丸太をつたって木のはしまで上ったかと見ると、するすると下りて来る。—— 阿波の怪談(横山春陽・郷土怪談・民俗・1958年(昭和33年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波の怪談(横山春陽・郷土怪談・民俗・1958年(昭和33年))
『阿波の怪談』は、横山春陽が昭和三十三年に編み、徳島新聞出版部から発行した郷土の怪談集である。徳島県の各地と土佐との国境の山中に伝わる山女郎、淵や池の主、カッパ、亡霊、火の玉、タヌキやキツネ、大ジャの話を、平安朝の言い伝えから藩政期、明治・大正、昭和の出来事まで、編者が古老に聞き、書物から拾って題ごとに並べる。おわりにでカッパやヘビの話の多い地域や海の話の少なさについて記す。