金の御幣が降った夫婦の懐妊
どんな伝承か
良さん夫婦は所帯を持って十年になるのに子がなく、うちにも子があったらなあと嘆いていた。ところがある朝、門先の桐の木の枝に、見るも眩しいような金の御幣の御降りがあった。これが御降りになるとその家に玉のような男の子が生まれると専ら言われていたので、良さんは飛び上がるように喜び、御幣を床の間に据えて洗米と神酒を供え、上さんを連れて来て拝ませた。講金の半分を使って近所の衆や通りかかりの踊子を招き、御馳走して踊った。その夜から上さんはしばしば外の家へ踊りに行き、夜明けに戻ることもあったが、良さんはかえって喜んでいた。やがて踊りの終わり頃、良さんは上さんから子ができかけていると聞かされたという。
原典より
種がいけないのか島が悪いのか、良さん夫婦には子がなかつた。—— 阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・1931年(昭和6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・1931年(昭和6年))
『阿波えゝぢやないか』は、山口吉一が一九三一年に著した、幕末の「ええぢゃないか」騒動の記録である。慶応三年の暮れに阿波で起きたお札降りと踊りの騒ぎを、県内の古老五十余人からの聞き書きと郡村史誌などの記録によって、起因・神異・服装・歌謡・禁忌などの面からたどる。徳島日々新報への連載をまとめたもので、概観篇・詳述篇・挿話篇・補遺篇から成り、鳥居龍蔵の序、話者の古老の一覧、太田明の「御下り踊私考」を付す。