背中から出た御幣は爺さんの自作自演
どんな伝承か
柴の荷を庭先に置いて急いで敷居をまたいだ爺さんは、両腕を他人のもののように撓め、目も鼻もひしゃげた顔をしていた。背中に大きな虫が入ってがさがさ這い回り、痒くてたまらぬという。婆さんが襟首から手を入れて引き出すと、それは白い一流れの御幣だった。『御幣の御降りじゃ』と婆さんは息をはずませ、爺さんも直ぐ祭らねばと落ち着いていた。だが外へ飛び出した爺さんはにやにや笑っていた。この御幣の御降りは、実は爺さん一人の思いつきで、そっと背中に入れて戻ったものだったのである。那賀郡相生村の話。
原典より
柴の荷を庭先にとんと置いて、急いで閾をまたいだ爺さんは、まるで雨腕を他人のもの、やうに撓めながら、眼も鼻もひしやげたやうな顔をしてゐた。—— 阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・1931年(昭和6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・1931年(昭和6年))
『阿波えゝぢやないか』は、山口吉一が一九三一年に著した、幕末の「ええぢゃないか」騒動の記録である。慶応三年の暮れに阿波で起きたお札降りと踊りの騒ぎを、県内の古老五十余人からの聞き書きと郡村史誌などの記録によって、起因・神異・服装・歌謡・禁忌などの面からたどる。徳島日々新報への連載をまとめたもので、概観篇・詳述篇・挿話篇・補遺篇から成り、鳥居龍蔵の序、話者の古老の一覧、太田明の「御下り踊私考」を付す。