戦地の無事を願った無縁様参り
どんな伝承か
無縁様の信仰は、旧暦で毎月二十八日を縁日とし、三月・六月・九月の二十八日は例祭日として堀口光明寺の住職を招いて供養した。勝田駅から塚まで参拝者が続き、露店が並び、境内には小屋掛けをして神楽や手踊りが見せられた。昭和十年代に入ると武運長久を願う祈願が増えていく。日立市の女性は、召集された弟たちが無事に帰るよう願をかけたと語り、いわき市の男性は、戦場にあって負傷もせず引き揚げて来られたのは、父が自分の武運長久を無縁様に願っていてくれたからだと思うと述べている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
勝田市史 民俗編――小祠の信仰と流行神(勝田市(編)・勝田市史)
『勝田市史 民俗編――小祠の信仰と流行神』は、勝田市の市史の民俗編のうち、「信仰生活」の部の一部である。鎮守祭礼の移り変わりに続いて、屋敷神や同姓の家々で祀るウジガミと系図祭り、カマド神やエビス・大黒などの屋内の神々、病気や安産の祈願を集める小祠を、市域のムラでの調査と聞き取りによって記す。後半では流行神として上高場の六地蔵、腹切り佐七、塚信仰、東石川大島の無縁様を取り上げ、その由来と信仰の広がりをたどる。