俵藤太の大蛇退治にちなむ小麦がら焚き
どんな伝承か
七月一日は浅間神社の初山にあたり、朝食に小麦饅頭を作り、各家のケードで小麦がらを燃す。これを「おたきあげ」といい、さまざまな言い伝えがある。高尾では七月一日の朝、ケイド(宅地の入口の道)で新しい小麦がらを燃した。その理由は、俵藤太がオロチ退治に行ったとき、この日は夏だというのにとても寒かったので、火にあたったのだという。またオタキアゲをしないと悪い病気に入られてしまうぞ、といったものだという。
原典より
この理由は、俵藤太がオロチ退治に行ったとき、この日は夏だというのにとても寒かったから、あたったのだという。—— 北本市史 第6巻(民俗編)――伝説(北本市(編)・北本市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
北本市史 第6巻(民俗編)――伝説(北本市(編)・北本市史)
『北本市史 第6巻(民俗編)――伝説』は、北本市の市史民俗編のうち、第十一章「伝説・世間話・昔話・諺」の冒頭部分である。章の「はじめに」で四者の性格を説いたのち、第一節「伝説」に蒲桜・龍灯杉・一夜堤や多くの塚の伝承、送りオオカミ・河童・禁忌動物、おたきあげ・十日夜の由来など四十二項目を収める。多くの項目は見出しに石戸宿・高尾などの伝承地を添え、話者名や「埼玉県伝説集成」などの出典を▽で示す。(197字)