石臼を袂に入れて帰る大力
どんな伝承か
上羽出庭の赤木というところに、弥五惣という大力の男がいた。石川の殿様の石川右馬頭が噂を聞いて、領内の須釜の男と力比べをさせた。孟宗竹五十本を半刻のうちに引き抜けるかというものである。須釜の男は頭がよく、一度持ち上げて一息入れてから抜いたが、弥五惣は馬鹿正直にいきなり抜こうとして途中で疲れ、負けてしまった。それでも殿様は弥五惣の方が力に勝ると見抜いて同じ褒美の石臼を与えた。弥五惣は石臼を両の袂に一つずつ入れ、高足駄で帰る途中、千五沢で三十人がかりで担ぎかねていた栗の堰枕を無造作に担いで川へ放り込んだ。石臼は今も赤木の家にあり、赤木には弥五惣を祭る赤師様という小祠もあるという。
原典より
上羽出庭の赤木というところに、弥五惣という大力の男がいた。—— 小野町史 民俗編――伝説(小野町(編)・小野町史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
小野町史 民俗編――伝説(小野町(編)・小野町史・自治体史(民俗))
『小野町史 民俗編』第九章所収の伝説。福島県田村郡小野町に伝わる口承を採録する。