生きたまま埋めた生埋壇
どんな伝承か
飯豊の西沢にもと西光寺という寺があったが、夜盗が入って皆殺しにあい、寺もなくなってしまった。そう古いことではなく、今の年寄りには子どものころその古寺の中で遊んだという人もいる。その近くに萱山があり、萱を刈らなくなってからは雑木山になったが、そこは生埋壇と呼ばれていた。昔は年が五十になると桶に入れ、干し柿をいくらか持たせてその萱山の土の中に埋めた。節を抜いた竹を一本立てておき、様子を見に行っては耳を当てて聞き、一週間もして音がしなくなると成仏したと分かったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
小野町史 民俗編――伝説(小野町(編)・小野町史)
『小野町史 民俗編――伝説』は、小野町が編んだ町史の民俗編から、第九章「ことばと伝承」の第一節「伝説」を収めたものである。田村郡小野庄にあたる町内の館主や城主の没落、坂上田村麻呂や八幡太郎、小野篁・小野小町にまつわる話、デンスケ坊の祟り、河童の恩返し、大蛇や名石・埋宝の話など五十四編を、大半は地元の人からの聞き書きで収める。村川友彦の「はじめに」と地域の特色の解説を置き、伝説を大字(旧村)ごとに並べ、語り手の名を添える。