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義家の甲を掛けた榎と甲稲荷

所在地茨城県常陸太田市三才町(甲稲荷神社)
年代康平年間
登場八幡太郎義家、八幡太郎義家、伝説の主人公
出典常陸太田市史 民俗編――伝説

どんな伝承か

三才町の西南、田んぼの中に甲稲荷神社があり、一本榎稲荷とも呼ばれている。康平年間、奥州征伐へ向かう八幡太郎義家がここで休み、たまたま榎の枝に甲を掛けた。翌年になるとその榎が目に見えて大きく育ちはじめたので、村人たちは驚いて小さな祠を建て、甲稲荷としてまつったという。近くを流れる川が鎧川と呼ばれるのも、義家がそこで鎧を洗ったからだと伝えられている。

原典より

ところが翌年この榎がみるみるうちに大きく育っていくので、村びとたちが驚き、小祠を建て甲稲荷として祀った。—— 常陸太田市史 民俗編――伝説(常陸太田市(編)・常陸太田市史) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

常陸太田市史 民俗編――伝説(常陸太田市(編)・常陸太田市史)

『常陸太田市史 民俗編――伝説』は、常陸太田市の市史民俗編のうち、第五章「ことばの伝承」の伝説と昔ばなしの部分である。第一節「伝説」は市域の伝説を自然的伝説・社会的伝説・歴史的人物伝説・信仰的伝説の四つに分け、国見山・赤沼・源太郎狐・十王坂・舞鶴城・義家・親鸞・徳川光圀・真弓山の天狗などの話を記す。社会的伝説には地名のいわれや塚・城跡の伝承が多く、第二節「昔ばなし」は冒頭の三話だけを収める。

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源義家奇瑞榎稲荷兜掛け

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