若宮田――稚児の祟り
どんな伝承か
あるとき、京都からのがれて来た稚児が中仙道を入って来て、どちらへ行けば逃げられるかと尋ねた。教えてやると向方から坂部の方へ行き、稚児のあとを向方の百姓たちもついて行った。坂部の天竜川のふちまで来ると、稚児は追いつめられたと思ってふちから川へ飛び込んで死んでしまい、あとから行った百姓たちは稚児の持っていた太刀などを盗んでしまった。やがてその百姓たちに疫病などのたたりが立つようになり、恐ろしくなった人びとは向方の道筋に小さい祠を建て、そのそばに田を寄進して、そこからとれる米でまつったという。稚児が飛び込んだ淵を「ちごがふち」、寄進した田を「若宮田」という。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新野民俗誌稿――長野県下伊那郡阿南町(口頭伝承)(民俗調査報告)
『新野民俗誌稿(長野県下伊那郡阿南町)』第十五章口頭伝承所収の昔話・伝説。昭和五三年に新野で採話された口承を収める。