中沼に溺れた千葉の博労の牛
どんな伝承か
大昔、いつのことか分からないが、千葉県の博労が中沼の所を通った。喉の渇いた牛が沼の水を飲もうとして、一頭が運悪く沼へ落ちた。牛はつないであったので、次の牛も次の牛も引き込まれ、何頭もそこで溺れ死んだという。この沼がいつできたかははっきりしないが、今のような形になったのは昭和十年の洪水のときだと、明治四十一年生まれの男性は語る。
原典より
大昔、いつだかわからないけど、千葉県の博労が中沼のところを通ったら、牛、のどかわいてたから沼の水を飲もうと、一匹が間が悪く沼の中に落ちちゃって、つないでたから、牛を。—— 竜ケ崎市史民俗調査報告書3(北文間・川原代地区)――伝説・怪異(龍ケ崎市(編)・竜ケ崎市史民俗調査報告書) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
竜ケ崎市史民俗調査報告書3(北文間・川原代地区)――伝説・怪異(龍ケ崎市(編)・竜ケ崎市史民俗調査報告書)
『竜ケ崎市史民俗調査報告書3(北文間・川原代地区)――伝説・怪異』は、竜ケ崎市史の民俗調査報告書のうち、北文間・川原代の両地区で聞いた伝説と世間話を収めた部分である。中沼の主のタニシや亀、ドウロクジンサマの大蛇、狐や狸に化かされた話、首切り田や底なし田、平将門の影武者、力持ちのジンシチなどを、明治・大正生まれの話者からの聞き書きで記す。話はムラごとに分け、話者の語りに準じて記して地区・性別・生年を添え、冒頭には話型名を付した昔話も含む。