佐倉宗吾の妻が逃げた佐倉松
どんな伝承か
北方に伝わる話。佐倉宗吾郎は木内宗吾郎ともいい、千葉の人である。その妻がしばらくのあいだ、語り手の家へ逃れて来てかくまわれていたという。やがて最後の別れというときが来て、妻が来て別れを告げたその場所に松の木があった。その松を土地では佐倉松と呼んでいるのだという。義民佐倉宗吾の妻にまつわる、樹木の名の由来譚である。
原典より
佐倉宗吾郎さんは木内宗吾郎さんと言うんだよな。—— 竜ケ崎市史民俗調査報告書3(北文間・川原代地区)――伝説・怪異(龍ケ崎市(編)・竜ケ崎市史民俗調査報告書) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
竜ケ崎市史民俗調査報告書3(北文間・川原代地区)――伝説・怪異(龍ケ崎市(編)・竜ケ崎市史民俗調査報告書)
『竜ケ崎市史民俗調査報告書3(北文間・川原代地区)――伝説・怪異』は、竜ケ崎市史の民俗調査報告書のうち、北文間・川原代の両地区で聞いた伝説と世間話を収めた部分である。中沼の主のタニシや亀、ドウロクジンサマの大蛇、狐や狸に化かされた話、首切り田や底なし田、平将門の影武者、力持ちのジンシチなどを、明治・大正生まれの話者からの聞き書きで記す。話はムラごとに分け、話者の語りに準じて記して地区・性別・生年を添え、冒頭には話型名を付した昔話も含む。