広幡に残る俊寛の経塚
どんな伝承か
鬼界が島に流されて没した俊寛のことは『平家物語』に見えるが、この地にはその後日談が残る。俊寛の家僕であった蟻王は主の骨を拾い、手厚く霊を弔ってから諸国を修行して歩いた。蟻王が広幡に着いた日は、ちょうど俊寛の命日にあたっていた。蟻王は笈から経を取り出し、遠い鬼界が島を偲んで追善の供養をしたという。その姿を見た村人は、蟻王に経の字を石へ書いてもらい、それを集めて七つの塚を築いた。この塚は俊寛の経塚と呼ばれて大切にされてきたが、今は二つほどが残るだけだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
米沢市史 民俗編――伝説(米沢市(編)・米沢市史)
『米沢市史 民俗編――伝説』は、米沢市が編んだ市史の民俗編から、第八章「口承文芸」第三節「伝説」を収めたものである。狐・河童・蛇にまつわる話、上杉家の家臣や弘法大師・源義経にちなむ話、沢・池・岩の由来、地蔵や不動尊の霊験、温泉の開湯譚、長者屋敷など、米沢とその周辺に伝わる伝説を一話ずつ短くまとめて載せる。全体を「鳥獣・草木」「人霊」「山・川・湖沼」「地蔵・社寺」「温泉・町・村」の五項に分け、遠山と田沢の七不思議も列挙する。