広幡に残る俊寛の経塚
どんな伝承か
鬼界が島に流されてそこで死んだ俊寛のことは『平家物語』にあるが、その後、俊寛の家僕であった蟻王は主の骨を拾い、厚く霊を弔って諸国修行を重ねたという。広幡に蟻王が着いた日というのが俊寛の命日でもあったから、蟻王は笈の中から経を取り出し、鬼界が島をしのんで追善の供養をした。その蟻王の姿を見た村人が石に経の字を書いてもらい、七つの塚に作ったという。その経塚を「俊寛の経塚」と呼んで大切にしてきたが、いまは二つほど残っているだけだと伝えられる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
米沢市史 民俗編――伝説(米沢市(編)・米沢市史・自治体史(民俗))
『米沢市史 民俗編』第八章口承文芸所収の伝説。山形県米沢市に伝わる鳥獣草木・山川湖沼・地蔵社寺の伝説を採録する。