五月節句の白ぶかしと人斬り石
どんな伝承か
五月節句に白ぶかしを食べる風が板谷にある。慶長七年に上杉景勝が越後から会津に移封され、さらに米沢へ国替えになった次の年のこと、信夫領主伊達家の家臣が板谷にきて上杉藩との国境について論争になった。代官の奥山大膳が仲介に当たったが伊達家は聞き入れず、そんな折に五月節句を迎えた。板谷の人たちが笹巻きの米をといでいるところに伊達の軍勢が入り込んだので、それぞれ鍬や鎌を持って奥山大膳に従った。茂庭から入った伊達勢に板谷はのっとられ、奥山大膳も戦死した。村の佐藤八蔵・六蔵兄弟も奮戦して大岩に身をかくしたといい、その岩を「人斬り石」と呼んでいる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
米沢市史 民俗編――伝説(米沢市(編)・米沢市史・自治体史(民俗))
『米沢市史 民俗編』第八章口承文芸所収の伝説。山形県米沢市に伝わる鳥獣草木・山川湖沼・地蔵社寺の伝説を採録する。