ネロハのいわれ
どんな伝承か
町場の本通りを西に進んだ町はずれ、四ヶ村用水にかかっている橋を「念仏橋」と呼ぶ。その由来には諸説ある。昔、騎西城が落城したとき、討ち死にした武士たちの菩提をとむらうため、近くの人々が南無阿弥陀仏と唱えたからだという。また、難産で母子ともに亡くなることも多かった時代、恵まれない母子や水子たちのために近在の人々が念仏を唱えたからともいう。さらに、昔この橋の近くに刑場があり、役人にひかれた死刑囚が橋を渡るとき必ず念仏を唱えたからともいわれる。上寺とも呼ばれた浄土真宗浄楽寺の参道がこの橋の近くまであり、参詣人が橋上で本堂を拝んで念仏を唱えたから、という説もある。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
騎西町史 民俗編――伝説・昔話・妖怪(騎西町(編)・騎西町史・自治体史(民俗))
『騎西町史 民俗編』第9章所収の伝説・昔話・妖怪。埼玉県騎西町(現加須市)に伝わる口承を採録する。