弁慶塚と鰻の霊を慰めた鰻塚
どんな伝承か
遊馬町の東には、田の中に弁慶塚と呼ばれる小さな塚があったと『新編武蔵風土記稿』は記し、その呼び名がそのまま土地の小名にもなっていたという。ただし、弁慶にちなむ話は何ひとつ伝わっていない。同じ遊馬町には鰻塚というものもあった。重い病に伏した息子に精をつけさせようと、父親が鰻を食べさせたところ、その鰻の霊を慰めるために父が自ら築いた塚だと伝えられる。いまではそれが遊馬町のどのあたりにあったのかも、分からなくなってしまった。
原典より
それは重い病気にかかった息子に栄養をとらせようと食べさせた鰻の霊を供養するために、その父親が築いたものであったという。—— 草加市史 民俗編――伝説(草加市(編)・草加市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
草加市史 民俗編――伝説(草加市(編)・草加市史)
『草加市史 民俗編――伝説』は、草加市史民俗編のうち「二 伝説」の章である。地名起源・塚・神々・地蔵・薬師・観音・その他の神仏・旅の僧・動物と妖怪の九節で、柿木や青柳の地名の由来、毛長神社の御神体、疣地蔵や火あぶり地蔵、雨乞いの龍、むじな大尽などを、『新編武蔵風土記稿』や縁起碑、土地の伝えによって記す。第十節「世間話」は狐・むじな・狸・雷獣の聞き書きを集め、話ごとに町名と話者の頭文字・生年を添える。