延暦寺が皇室の鬼門筋に
どんな伝承か
皇居の鬼門を守るはずの延暦寺は、朝廷の尊崇をよいことに山僧たちが横暴の限りを尽くした。後白河法皇は、自分の思いどおりにならないものとして双六の賽の目と加茂川の流れと山法師の三つを挙げて嘆いたと伝わる。清盛や頼朝の威勢さえ恐れなかった法皇をここまで悩ませた延暦寺は、かえって皇室にとっての鬼門筋になったのだと著者は評する。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の俗信 1――迷信の実態(迷信調査協議会(編)・日本の俗信・1949年(昭和24年))
『日本の俗信 1――迷信の実態』は、迷信調査協議会が編み、昭和二十四年に初版を出した迷信調査の報告書で、昭和五十四年に洞史社が復刻した。文部省が昭和二十一年に企画し、全国の小学校を通じて行った慣習状況調査をもとに、暦・日の吉凶・方角・妖怪・占い・民間療法・農漁業にまつわる迷信を統計と解説で扱う。第一章を古畑正秋・今野圓輔らの分担執筆とし、第二章に昭和二十四年度調査の手引、第三章に各地の言い習わし集、第四章に天文暦法の迷信の解明を置く。