鰹舟の漁師を化かした狐
どんな伝承か
鎌倉の坂の下に、鰹舟に乗る漁師がいた。ある朝、まだ三時ごろの暗いうちに漁へ出かけると、弁当を狐に取られ、気がつくと本人は木の枝にまたがって舟を漕ぐ格好をしていたという。また別のときには、ボラやセイゴ、イナを獲ろうと川で網を打っていたはずが、魚はすっかり狐に持ち去られ、自分はそば畑の中で網を打っていたのだという。
原典より
ある朝早く三時ごろ漁に出て行くと、お弁当を狐にとられ、自分は木の枝にまたがって舟をこぐ恰好をしていたという。—— 逗子市史 別編1 民俗編――伝説(逗子市(編)・逗子市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
逗子市史 別編1 民俗編――伝説(逗子市(編)・逗子市史)
『逗子市史 別編1 民俗編――伝説』は、逗子市の市史のうち、別編第一巻の民俗編にあたる巻の一部である。池子・沼間・桜山・小坪・久木・山の根など市内の土地に伝わる伝説を収め、和泉から来た一行が金を埋めたという金山権現、行基の十一面観音と大蛇、六代御前の墓、為朝の矢の根井戸、頼朝と新箸の宮、河童松、お夏狐などの話を記す。伝説の章の末に河童や狐、庚申の夜の短い話を添え、続く方言・訛語の章では逗子の語彙を五十音順に並べる。