親鸞が済度した喜八の妻の霊
どんな伝承か
与沢には喜八阿弥陀と呼ばれる堂がある。承元二年、長島喜八の妻が難産で死に、残された二人の子は毎晩乳を求めて泣いた。妻は亡霊となって喜八の枕元に現れ、子の養育をしきりに訴える。供養を重ねても収まらず、悩む喜八を見た親鸞は、妻の墓へ経を書いた玉石を埋め、奥座敷の唐紙に阿弥陀如来・聖徳太子・善導大師の三幅を描いて霊を慰めた。これが幽霊済度と呼ばれる。喜八は礼に赤飯を出したが箸がなく芦を折って箸とし、親鸞がその芦を地へ挿すと二叉の芦になったという。
原典より
小川町与沢に喜八阿弥陀がある。—— 日本伝説大系 第4巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第4巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第4巻』は、日本の伝説を話型ごとに集成した叢書『日本伝説大系』の一冊である。茨城・栃木・群馬の三県に伝わる伝説を、男体・赤城の神争いや榛名湖の入水譚、平将門・源義家・親鸞・弘法大師などの事跡、河童・竜宮・長者・石・姥捨・九十九谷などの話型ごとに収める。各項は代表となる伝承地の話を掲げ、〔類話〕に各地の聞き書きを伝承者名や出典とともに並べ、〔文献〕に縁起・地誌などの古記録を抄出し、柳田・高木による話型名を添える。