白鳥となった尊を葬る堀川東の御陵
どんな伝承か
堀川の東側に白鳥御陵がある。日本武尊が伊勢国の能褒野で亡くなったとき、その霊は白鳥となってここへ降りたので、生前に帯びていた剣や鉾などを石棺に納めて葬ったと言い伝え、白鳥御陵と称して崇めてきた。『尾張志』は、天保八年八月の大風で大樹が倒れ、土石がはねかえって塚の中が現れ、太刀や鉾と思われる鉄器、鈴鏡、丸穴八葉ともいうべき怪しい土器が多く出たので、もとのように土を封じて収めたと記す。今日では尾張氏のような豪族の古墳とみられている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第7巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第7巻』は、愛知・静岡・岐阜・長野の四県の伝説を集めた伝説資料集の一巻である。笠寺観音や日本武尊から天狗・山姥・八百比丘尼・夜叉ヶ池、石や池や塚の由来、白米城・一夜山まで九十七の項目を立て、口承を中心とする伝承を収める。各項目は伝承地を明記した例話を冒頭に置き、『日本伝説名彙』などの対応する題名を添えたうえで、〔類話〕〔参考〕〔文献〕を続けて近世以前の記録の原文まで示す。