白鳥となって飛び去った日本武尊の尸解
どんな伝承か
宮地厳夫は講演の中で、仙人が世を去る形の一つ「尸解」の例として日本武尊を挙げている。尊は亡くなって伊勢の能褒野という所に葬られたが、その墓から白鳥となって飛び去ったので、墓を掘って中を拝見すると、棺には御衣だけが残り、亡骸は無かったと伝えられるという。尸解とは、表向きは普通の人と同じように死んで葬儀も営まれるが、実は仙人となって去っていて、時には世の人と会うこともあるものだ、と宮地は説明している。
原典より
然るに其の墓より白鳥となって飛び去られました故、御墓を掘って拝見しましたれば、御棺の中には只だ御衣のみ遣って御屍は無かったと申すことであります。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。