扇子の要と名づけられた門人
どんな伝承か
井上正鉄は、自分の教団にやがて法難が及ぶことを予知していた。常吉の求道ぶりは他の参拝者と違って真剣で、その篤信と才を見抜いた正鉄は、事件の起こる前のある日ひそかに彼を招き、教義の奥義をすべて授けたうえで口調をやわらげ、今日限り破門するから江戸を離れよと告げた。そして扇子を示し、多くの信者の中でお前にこそ要の役を務めてほしい、今日から常吉を改めて要と名乗れと言い渡す。感激した常吉は郷里の信州飯田町へ帰り、二、三年後の弘化二、三年頃には備前岡山の城下に現れた。鈴を振り、トーカミエミタメの八音を唱えて市中を歩く姿に人々は目をみはり、やがて信者が生まれたが、安政三年に藩の取り調べを受けた。
原典より
これより先き、正鉄はやがておのが教団の上に法難が来ることを予知していた。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。