長男を失った片岡次郎四郎の金神信仰
どんな伝承か
明治七年一月、笠井吉夫が中井の出社に参ると、才崎村の片岡次郎四郎という三十四、五歳の気品ある男と引き合わされた。片岡の家では父の代から女子の若死にが絶えず、四歳の長男槌衛も重い病にかかった。村人は西大寺の午王神へ裸参りやお百度を踏み、親戚が頼んだ修験者は金神の祟りだとして金神封じの法を修したが、槌衛は助からなかった。片岡は金神を祀る社を探そうと決め、ほどなく同じ村の石村が出社で受けた神の伝言に導かれて信仰に入った。慶応四年には備中大谷の金光教祖に会い、金神は祟り神ではなく世の親神だと諭されたと語ったという。
原典より
それにしても、槌衛の病気以来気になってならんのは、あの、金神と呼ばれるきょうてえ(恐ろしい)神様のことじゃ。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。