三宅島の山上で三日三夜の雨乞い
どんな伝承か
神秘の体験から五年目の天保七年、井上正鉄は京へ上って神祇伯白川資敬王の門に入り、二年後にも参向して鎮魂や卜兆、息の術、禊祓など神祇道の奥義を授かった。天保十一年、五十一歳で武蔵国足立郡梅田村の神明宮の神官となり式部と改めたが、二度の法難を経て天保十四年に三宅島へ流された。島に来て四年目の弘化三年、四月から七月まで一滴の雨も降らず島中が困り果て、村役人の懇願で雨乞いを引き受ける。七月十九日から七日間潔斎して伊賀谷村の鎮守后神社に籠り、二十六日の未明に泉津山へ登って祭壇を設け、三日三夜祈り続けた。二十八日、雲一つなかった空に黒雲が生じ、雷鳴とともに大雨が降ったという。
原典より
正鉄が神祕体験を得てから五年目の天保七年十一月、永遠の求道者井上正鉄は京都に上って、当時神道の最大権威と崇められていた神祇伯白川資敬王の門に入り、更に同九年八月にも再び白川家に参向して、同家に秘伝される鎮魂の伝、卜兆の神…—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・昭和) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・昭和)