膳椀を貸してくれた椀久塚
どんな伝承か
伊勢の亀山の隣村の阿野というところに、椀久塚とよぶ塚がある。椀久とは椀屋久右衛門あるいは久兵衛を略した呼び名で、食器の椀をあつかう商売である。この人は長者で、たくさんの牛を飼いならし、その牛で険阻な山道をものともせず江戸・大阪・名古屋に椀を売り歩いて財産をつくった。もとは農民だったといわれるが、工夫を新たにした椀から盆にまで手をひろげたのが大当たりしたらしい。しかし不幸がつづいて椀久の家は断絶し、彼を記念して椀久塚が築かれた。いつからか、この塚に頼むと膳椀を借りられると噂され、客の来る前日に頼むと、当日は申し込んだ数だけ塚の前に並べて置いてあった。貞享年中まではかならず貸してくれたという。
原典より
すると、かならず当日になると、塚の前に膳椀が、申し込んだ数だけ、きちんとならべて置いてあった。—— 日本人物語5――秘められた世界(関敬吾(編)・日本人物語) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本人物語5――秘められた世界(関敬吾(編)・日本人物語)
『日本人物語5――秘められた世界』は、日本人の暮らしの奥にある秘められた信仰や伝承を扱った叢書『日本人物語』の一冊である。境の神や通過儀礼を論じる序論に続き、入らず山や隠れ里、竜宮、平家谷、埋蔵金、生まれ代わり、あの世を見た話、魔法使い、生霊、秘密結社、狐憑きなどを、伝承と昭和三十年代までの新聞記事・見聞を織りまぜて述べる。序論「生活文化の秘密性――はじめに」の後、「奇蹟」「不気味な神々」などの区分の下に短い節を並べる。